月別: 2009年10月

資料読み

 書いている途中で、なんとなく自信がなくなった部分があって、届いた資料本を読み始める。
 妻が、早く帰ってくるようなので、そこそこで帰宅。
 たまには家族で食事をしないとね。
 
 夕食後は、資料として録画してある某ドラマ作品をまとめてみる。
  (残り、あと2本)

順調

 まずまず、かな。
 11時半、徒歩で帰宅途中、野毛でビール。
 アルコールで緩むと、それまで張りつめていたことがわかる。

少し緩める

 前日(18日)からスタジオに泊まり込み。
 午前6時過ぎ、精根尽きて、寝袋で寝る。
 午前8時半、起床。
 夕方、早めに帰り、入浴。

加藤和彦とザ・フォーク・クルセダーズ

 初めてギターを手にしたのは、小学校6年生の頃だった。
(11歳の時だからなんと43年前だ)
 まもなく同級生のバンドでグループサウンズのコピーをやっていた。
 中学一年のとき、川口の「ゴーゴー喫茶」(死語)で開催されたバンドコンテストに出た。
 演奏曲は、周りはみんな大人で、リズム&ブルースとか、ジミヘンなんかだった。
 僕らだけがグループサウンズで子供だったもんだから「審査員特別賞」をもらったのを覚えている。
 中学の文化祭に出ようと教室で練習していると、学校でも派手めのグループの女の子たちが入って来て、後ろの方で踊っていた。
「そうか、バンドをやると女が寄ってくるのだ」
 とまあ、ローティーンにして、そんなことがわかったのだった。
 だからといって、もてたわけじゃないけど。
 とにかく、学校で唯一のバンドだった。
 フォーク・クルセダーズの「帰って来たヨッパライ」がブームになったのはその頃だ。
 僕は、家にあったオープンリールのテープレコーダーを倍速で動かし、さっそくマネしてつくってみた。これはけっこううまくできた。
 3年生の時は、世の中がフォークブームに変わっていた。
 僕は「ザ・トーイチ」という名前のフォークグループを結成して、PPMの曲だとか、フォークルの「イムジン河」なんかをステージで演奏した。
 高石ともやとか岡林信康なんかも歌っていたと思う。
 そういえば、オリジナル曲「何故」(笑)というのも、同じステージで歌った。
 これは僕の初めてのオリジナル曲だ。
 つまり、フォーク・クルセダーズは、僕が同時代に聴き、唄い、そして、音楽を創るということに関して、感化された時期の代表的なグループだった。
 加藤和彦は、いつも、自分の音楽にチャレンジしていた人だった。
 彼は流行を創ることはあっても、流行を追うことはなかった。
 それが、多くの人々を惹きつけたのだと思う。

ベイサイドマリーナ・オープン・ヨットレース

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 午前8時、ヨットハーバー。
 ヨコハマ・ベイサイドマリーナ・オープン・ヨットレースへ、助っ人として友人のヨットで参戦のため。
 午前9時過ぎ、レース海面へ向かう。
 が、スタート予定時刻の午前10時を過ぎても風がない。
 延期信号が出て、風待ち。
 
 12時15分、やっとスタート。
 だが、風がない。
 10分前にスタートした別のクラスのヨットが、まだ声の聞こえるところにいるというありさま。
 12時25分。スタートキャンセル。
 ルール上、スタート後10分経ってスタートラインを切っていない船は、DNSで失格なのだけれど、無風でほとんどの船が、スタートラインの手前にいる。
 
 改めて延期信号が出る。
 
 結局、13時30分、N旗が揚がり、ノーレースに。
 そこから、エンジンをかけて全速力でホームポートへ。
 ヨットレースで最初にゴールすることを「ファーストホーム」というのだけど、一番先にもどった我々、これがほんとのファーストホーム。
 ちなみに、外洋ヨットレースはハンディキャップレースなので、ファーストホームが優勝であるとは限りません。
 仕事に戻る途中、イトーヨーカ堂のフードコートで横浜名物ナポリタン。
 ノーレースだったけど、ほとんどの時間、エンジンかけて浮かんでいただけだったけど、久しぶりにヨットに乗れたのが、楽しかった。
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淡々と。

 昼、妻とその友人二人がスタジオ来訪。
 一人は、自宅がベルギーで、主として世界中の発展途上国で仕事をしている。
「杜記」でランチ。
 あと、ふつうに仕事。

調子を維持する

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 行きがけに野毛の「満友園」で中華のランチ。(650円)
 やっぱり量が多いなあ。
「もったいない」が先に立って食べ残すことができない。
 その分、運動すればいいのだけど。
 お店の人じゃなさそうな中国人がずっと立ち話をしていた。広東語かな。
 本日もまずまずの集中力で原稿を書き進む。
(記事と写真は関係ありません)

餃子老人に挑戦

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 出勤が午後になったので、途中、桜木町で「餃子の王将」に立ち寄る。
 先日、懸案だった「餃子二人前だけの注文」(462円)に挑戦。
 焼きたての餃子は熱いので、口の穴を火傷しそうになる。
 12個の餃子をふつうにタレをつけて食べると塩分の録りすぎになることもあり、冷却効果も期待して、酢で食べる。
 しつこさも緩和されて、なかなかのグッドアイデア。
 というわけで、今日は、自分が餃子老人であった。
 夕方は、「すす家」で、たぬき蕎麦。
 僕はたぬき蕎麦が大好きで、「同じ値段でも天ぷら蕎麦よりたぬき蕎麦を選びたい」という人である。
 だいたい天ぷらの中でも海老天ってそんなに美味しいもんかね。
 天丼でも、海老天丼より野菜天丼のほうがおいしいだろう。
 かりっとした帆立のかき揚げ、なんて、そりゃあ美味じゃないか。
 とまあ、それはともかく、過去10年で食べたすべてのたぬき蕎麦の中で、最近巡り会ったこの「すず家」のたぬき蕎麦がベスト。
 しかも、値段は450円と格安。
 たいへん幸福なのである。
 たぬきそばのおかげか(笑)、夜に入って絶好調。
 午後11時にひと区切りつけて帰宅。
(写真と記事は関係ありません)

静かなオープンスタジオ

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 空気も光も、すっかり秋だ。
 
 本日は、第二日曜日なので、オープンスタジオ。
 ドアを開けはなって、絵本の原稿の改稿作業をする。
 訪問者はあまりなかった。
 山下公園ではワールドフェスタ、赤レンガ倉庫ではオクトーバーフェスト。
 ジャズプロムナードもやっているのかな?
 この秋も横浜はイベント満載だ。
 午後6時から「黄金町バザール」反省会。
 午後8時過ぎ、終了後、アーチスト仲間10人ほどで、野毛の「栗ちゃん」でお好み焼きと焼酎。

Task Switch Penalty

 10月10日は昔の体育の日。
 東京オリンピックの開会式の日だ。
 だからというわけじゃないけど、スタジオまでスロージョギングを織り交ぜて到着。徒歩だと30-35分のところ25分。
 まだこの季節、半袖に短パンでも汗をかく。
 途中、年配の女性に呼び止められる。
「携帯電話のロックの外し方がわからないんですが」
 誤操作でロックがかかってしまったようだ。
「暗証番号はわかるんですか」
「いえ、わかりません」
 とりあえず電源を切って入れ直していたら。
「たぶん****だと思うんですが」
 と思い出したようす。
 無事、ロック、はずれました。
 暗証番号思い出しても、この方、いずれにしても暗証番号の入れ方がわからなかったみたい。
 ランチにそばを食べようと思ったら、あてにしていた店が休みだったので、「中華一番本店」で「麺類日替わりサービス」の「モヤシそばと水餃子」(600円)。
 ところがしばらくして、「すみません。あそこにはモヤシそばと書いてありますけど、いま味噌ラーメンになっているんですけど」と手に味噌ラーメンともっている。
 どうやら間違って味噌ラーメンを作ってしまったらしい。
「いま味噌ラーメンになっています」って、なんていうものいいだよ。
 モヤシたくさん載っているからいいとする。
 実はこっちは何でもいいのだ。600円なら。
 そんなこんなで3日連続餃子。
 行く途中、伊勢佐木町5丁目で、オタクっぽい男性に「ラーメン二郎」の場所を訊ねられた。
 今日はずいぶん町で教えを請われる日だ。
 ここ数日で連載を一段落させ、エッセイを書き、絵本の原稿に移ろうとするが、どうもそっちのテンションが出ない。コンピュータの用語では、こういうのを Task Switch Penalty といいます。
 というわけで、「ほとんど休み」のような日になってしまった。
 仕事がはかどらないと、全然、疲れない。