日: 2008年3月15日

自転車横浜巡り

 仕事が一段落しているうちに身体づくりだ。
 自転車で、みなとみらいから伊勢佐木町へ。
 uniqlo で春物を見るが、どうも食指が動かない。
 寿町のドヤ街は、中華街なみに、道路に人があふれている。暖かさに誘われて、僕みたいに動き回っているんだ。思った以上に宿泊施設がたくさんあって、外観は意外にきれいなんだよね。
 外国人や貧乏旅行の若者向きに改装された宿もある。
 横浜スタジアムはオープン戦が終わったところらしく、ベイスターズのユニフォームを着た人たちが選手の出口に並んで、選手が出てくるのを待っていた。
 みなとみらいを通り過ぎて、1年前まで住んでいたポートサイド地区、そして、コットンハーバー地区へ。
 コットンマムのあとに入った「プラザ栄光生鮮館コットンハーバー店」は本日開店。
 棚など、ハードウエアはとことんコットンマムのものを再利用している。
 スゴイのは「Cotton Mam」と表示されていた外装の看板の「Mam」を外して「Harber」と付け替えてあり、店の名前「プラザ栄光生鮮館」は、小さな板だけ。
 ここまでのコスト意識は気持ちいいまでだ。
 肉、魚がコットンマムに比べて大幅に安い。つまり生鮮館の値段。
 乾物類は、みなとみらい店やポートサイト店に比べて微妙に値段を上げている。
 台所洗濯関係の雑貨もコーナーもあるが、こちらも少し高め。
 いや、コットンマムよりは安いけど、プラザ栄光当社比(笑)でね。
 食料品の品揃えは、ある程度コットマムを踏襲して、違和感のない感じ。
 問題の(笑)SPAMやジェリービーンズはありませんでした。
(実は、生鮮館みなとみらい店には、SPAMは置いてありますが)
 プラザ栄光は、ポートサイドにある乾物問屋が経営しているので、乾物の品揃えはけっこうしっかりしているのだ。
 逆にいうと、コットンハーバー店にある乾物類は、ポートサイドの問屋(スーパーである生鮮館ではなく国道に近いビル)まで足を伸ばせば、同じものが安く買えるんだけどね。
 全体に、値段はプラザ栄光生鮮館価格か同グループ他店よりや高めだけれど、以前のコットンマムが高いものばかりだったせいか、割安感があるらしく、また、この値段は「開店セール価格」だと思っているのか、多くのお客さんが、ここぞとばかりにカゴにあふれんばかりに買っている。
 あわてなくても、その値段がプラザ栄光のふつうのいつもの値段ですよ、と教えてあげたいくらい。(笑)
 とりあえず、コットンマムよりもニーズにあってお客さんたちは喜んでいるようでした。
 みなとみらい店の店長がこちらでもレジを打っていた。
 流通業界は店長クラスの優秀な人材が限られているのだなあ。
 僕は、背中のバッグに入るだけ少しの買い物。
 あ、惣菜部門のゼストクックのサイトからもこのブログを見てくださっているようなので、要望事項を書いておこう。ぜひ「天かす=揚げ玉」を売ってください。
 日が暮れたところで、帰宅。
 約2時間の自転車ツアーでありました。

日本の凋落

 資料として送ってもらったビデオを見始めた。
 ビジネスの世界で日本とアメリカの差があまりにも大きく、その差は開いていくばかりだ。
 さらに、日本は市場としての魅力も中国にかなわない。だからお客さんとしても、ゆっくりと、いや、ひょっとしたら急速に見捨てられつつある。
 世界の企業から相手にされず、日本の企業は中国というフロンティアでも勝てない。
 このままでは、五年後ですら日本はひどいことになってしまうだろう。
 一番の問題は、日本国民がそういう危機にいるということをちゃんと認識していないということ。
 これは相当なピンチだ。
 勝たないで幸福になるシナリオもあり、それを選ぶのならそれはそれですばらしいと僕は思うけど、実際はそういうわけでもなく、ただ負け続ける国になっていくように思う。
 目の前で起きていることを、なんで見ようとしないのだろう。
 資源のない加工貿易の国、電子立国、勤勉な日本人、そんな「標語」や「モデルの捉え方」は全部、とっくに過去のものだ。
 世界には資源も技術も労働力もある。
 日本がそういう世界を利用していかなくてはならないのに、日本は日本の中でまずやろうとしている。その時点で、もうほとんど負けが決まってしまう。
 スポーツの世界でもぱっとしないのは、やっぱり時代遅れなやり方しかしていないからだ。プロ野球はほんとに日本の縮図なのだな。
 調べものをしていたら、また、暗澹たる気持ちになった。
 少なくとも、それを認識している僕が、日本に何をできるだろう。
“Ask not what your country can do for you, ask what you can do for your country.”, by John F Kennedy
 JFKがこういったのは1961年のことだ。
「愛国心とは、国の為に戦争に行くことではなく、自分の手で国を造ろうと思うことである」(阿川大樹)(2008)