小説の神様が降りてくる

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 朝食前、ずっと前の方に書いたエピソードが頭の中で伏線になる。
 これで、物語は(まだ書いてないけど頭の中で)完成。
 僕の場合、伏線を最初から伏線として埋め込むことは希で、無意味と思われるディテイルを埋め込んでおくと、そのうちいくつかが突然「こうすればあれが伏線になる!」と閃いて、あたかも最初から計画的に伏線を埋め込んだみたいに美しくつながることになる。
 たとえ話でいえば、序盤で「酔っ払った主人公が月を見上げていたら足下の石に躓く」というどうでもよさそうな、ただ酔っぱらい具合を表現するための細かなことを書いておく。
 そうすると、その石があとから重要な役割をすることになることがある。
 その石は犯人がトラックで逃走するときに荷台から落ちたもので、その地域にはない種類の石だった、となれば、無関係に生きていた犯人と主人公が、石と靴の先でつながり、躓いたことが物語の上で重要な意味を持つことになる。
 躓くシーンを書いているときは、そんなことは考えてもいないのだけど、書いてから二ヶ月後、終わりに近づいたころ、急に「主人公が躓いた石」が大きな意味を持つことになったりするわけだ。
 そうやって伏線がつながる(というか、「ただのディテイル」が「伏線」として新しい意味を持ちはじめる)のは、歯を磨いているときだったり、外を歩いているときだったり、書いているときとは限らない。
 24時間小説のことを考えているので、いつでもそういうことが起きる可能性がある。
(夢の中で思いつくこともあるので、比喩的表現でなく、ほんとに24時間)
 分量だけで小説ができあがるわけではないので、書き進めながらも、昨日までは、この小説はできあがるのかなあ、と思いながら書いていたけど。(笑)
 いつか必ず閃く、という根拠の無い自信があり、それは不思議に揺らぐことがない。
 原稿用紙何百枚書いても、今朝のような閃きがなければ、書いたものが全部無駄になってしまうのだけど、でも、今まで必ず閃いてきたし、これからも閃くはずなのだ。
 さて、あとは頭の中にあるものを読者が読める形にする、という肉体労働。
 いえ、それまでもほとんどは肉体労働なんだけど。