予定よりもかなり早く午後の用事が終了。すでに自宅からお散歩圏内なのだが、自宅へは寄らず馬車道駅からみなとみらい線に乗り、そのまま各駅停車で読書しながら代官山へ。
6時の約束までにはかなり余裕があるので、久々に明るい代官山の町を散歩。
ピーコックで物価調査したり、不動産やで物件を見たり、小説の取材のようなもの。ピーコックはいいものがあるけどやはり高い、HACドラッグはふつうに安い。(いつも使っている歯ブラシが安かったので購入)
歩いている人がモノマネでないそれぞれのセンスでオシャレをしているところがこの町のいいところ。公園では写真学校の学生っぽい女の子が、マニュアルのフィルムカメラで友だちを撮っている。
いわゆるインタナショナルブランドではないクリエイティブな洋服もたくさん売られているし、人々が美しくて気持ちがいい。
静かだし、エスプレッソバーも、いいワインを売っている店も、きれいな花屋もあって、お金があって汚いものを見ないで暮らすにはいい町だと思う。
僕が高校生の頃、マリオンクレープがなくて竹の子族が発生する前の、大衆化低年齢化以前の原宿がこんな感じだったな。
1時間ほど歩き回った午後5時、駅近くのオープンカフェに入り、コーヒーを飲みながら原稿書き。
ただし sign というこの店のコーヒーカップは、きれいなデザインだけど手に持ちにくいし口当たりも飲みにくい、猪口才(ちょこざい)でスカした「ダメデザイン」の典型。こういう虚仮威し(こけおどし)もまた、代官山という町の特徴だ。
形だけでなく、本当に上質なものだけの町ができるには、もっと歴史がいるし、日本という国の国民性も変わらないとなのだと思う。ファッション雑誌が「お洒落な町」と煽っているうちは、形だけの文化が駆逐されることはない。
でも、きれいであろうとする意志、というのはとても大事なので、こうして多少上滑りすることも許したい。少なくとも、他人によって確立された高価な「高級ブランド」や、みなと同じファッションをいっせいに追いかけているだけなのよりはずっといいと思う。この町には総じて、いろいろな意味で自分を際立たせたいという人たちの意志が感じられる。
店のウエイトレスはひとりは宮里藍に、もうひとりは知り合いの「鮭子」さん(もちろんニックネーム)に似ている。そういえば、先週立ち寄った新橋のスペイン風立ち飲み屋のカウンターには「らら美」さん(同上:京都在住の元作家)にそっくりな人が入っていたっけ。
客のうち何人かは、人に見られる職業(モデルとか女優とか)らしく、僕が視線を止めるとそれを鋭敏に感じとって向こうもこちらを見る。
他にも美貌を職業にしているらしき女性(たぶん近くのマンションに住んでいる愛人)が年齢のバランスの違う男性と向かい合ってケーキを食べている。ただし、新橋から銀座七丁目あたりの夕方のように、女性はホステスではなさそうだし、男性は上場会社管理職でもなさそう。
ところで白金に住む人をシロガネーゼなどというけど、代官山に住む人はなんていうのだろう。僕が命名するならダイカニアン? つい最近、白金から白金に引っ越した作家仲間・山田あかねさんに聞いてみたら知ってるかな。(笑)
ちなみにダルタニアンはアレクサンドル・デュマの「三銃士」の主人公。「101匹わんちゃん」はダルメシアン。ファルナンド・マルコス大統領とイメルダ夫人がいたのはマカラニアン宮殿。(関係ないけど)
徒歩で恵比寿へ出て、飲んで帰る。
