目指す川内村は福島第一原子力発電所の近く。
村の一部は20km圏で現在立ち入り禁止、今夜泊めてもらうのは25km地点だ。
川内村は人口3000人、現在、村役場は避難所のある郡山のビッグパレットに移動していて(8月末まで)、村民で村に残っているのは発表値で200人ほど。
上水道はなくてすべて井戸水か引き水だが、光インターネット回線は全村に引かれている。
郡山JCTで東北自動車道から磐越自動車道へ乗り換え、船引三春ICで下車、山道のワインディングロードを小一時間走ったところの集落に、東京から移住した古くからの友人が住んでいる。
ラストワンマイル、電話で道を聞きながら峠道を下り少し開けたところから山あいに入ったあたりで手を振る人が見えたのはその友人Nさん。
そこで村の人たち数人とお喋りをして待っていてくれたわけだ。
「マイクロ・シーベルトなんて言葉は一生知るはずのなかった言葉なんだがね」
「少なくとも自分が生きている間は今まで通り生きていけると思っていたけど、この村には仕事もなくなり、店で商品を売る人もそれを買う人もいなくなてしまった」
村に残っている人たちはほぼ50歳以上、ほとんどは60歳70歳を超えている。
暮れていく空を暗くなるまで眺めながら村人たちと話をした後、集会所から未舗装路を少し登ったところにあるNさん宅に到着。
とりあえず「かわうちの湯」というところに行く。
木で囲った小屋のようなところかと思ったら、スーパー銭湯のような施設だった。
通常は1回500円だけど、いまは部分営業なので100円。めちゃめちゃ贅沢な100円だ。
しかし、もともと経営は赤字続き、災害で状況はさらに厳しくなる。
Nさんの家には放射線量計が2つあり、本日の測定値は0.3μSV/h 東京の6倍、横浜の10倍ほどあるが、平常時のローマよりほんの少し高い程度。
おおまかな見積で、僕が94歳までずっとこのままの村にいるとガンになる確率が0.5%ほど高くなる。(この村の放射線量が「ずっとこのままで減らない」というあり得ない多めの仮定をした場合)
ちなみに、福島に行かず何にもしないときのガンになる確率は約50%であり、それが50.5%くらいになるわけだ。どっちにしても94歳よりも前に僕は死んでいるだろう。
というわけで、川内村で浴びる放射線は、56歳の僕にとってはまったく取るに足りない量というわけだ。
七輪でサンマやホッケやイカの一夜干しを焼きながら、夜更けまで一升瓶から宮城のお酒「一ノ藏」をコップで飲む。
